2018年6月12日火曜日

誘導から離れて議論したり、反論を唱えてみない?

最近、ゼミで異なる意見を出してくれるグループがあったり、誘導に異論を挟んでくれる学生がいたりします。今まではなかったことです。日本では、講義でもゼミでも、異論って許されないですよね。このゼミは違います。異論や反論は大歓迎です。

大事なのは、ただ異論や反論を唱えるのではなく、どうしてそう考えるのか、結論が異なるのかをわかりやすく伝えることです。たとえば、事実関係を異なるように捉えているからなのか、それとも法令解釈が違うのか、などですね。僕は、いろいろな異論や反論が出ることを想定して話しています。そういう異論や反論があることを想定しつつ、どうしてこの事例について、モデル回答のように考えたのかを学生に話します。ある程度の異論や反論は想定しているけれども(いわゆる「想定内」)、○○の理由からこのように助言するかなぁ、って感じです。そもそも、100%の助言なんてありえないので、事実関係からどこまで正確な助言を目指せるか、そのために場合分けやリーガルリサーチを駆使する、そういう世界だと思っています。

僕が話すから正しいとかではなくて、関連法令、判例、ガイドラインを読み込んで、実務的な課題も踏まえた上で、自分ないしグループとしてはどう考えるのか、事実関係の問題なのか、そもそも法令解釈が他のグループと違うせいで異論や反論になるのかをグループで検討したら、今以上に楽しくなります。僕の誘導はあくまで、誘導でしかなく絶対的に正しいものでもないです。こう考えるのがオーソドックスではあるけれど、どうしたら僕の誘導から離れられるかを考えるのも、楽しみ方の1つではありますね。

(ちなみに、ディベートをするには、自分と相手との違いや、相手の議論を想定して先んじて封じ込めたり、逆に不利な点は言わないでおいてあとから切り替えすなどの技術がないと、あまり意味はありません。)

最高裁が言っていることでも「んー」って思うことがあれば、それを大事にして欲しいです。最高裁には、超一流の法律家が調査官として張り付いています。その見解に異論を唱えるのには勇気が要ります(笑)。なぜ変だと感じるのか、むしろ変だと感じること自体が自分の誤解から生じているのではないかなど、そういう疑問が追加的な調査や勉強を促し、皆さんの知識を増やすはずです。

たった1時間半、真面目に考えて綺麗にプレゼンする。それだけのゼミですけど、2年後にはたぶん、皆、見違えるように話が上手くなっていると思います。少しずつですけど、ゼミ生が変わってきているのを僕は感じています。Twitterではなかなか表現できない「能力の伸び」を、どこかで是非感じてほしいですね。