2018年8月25日土曜日

日はまた昇る?

ヘミングウェイの作品ではないですが、何事も上手くいかないときはやはりあります。努力して何かを変えようとしても変わらないし、そもそも変えられない。そんなことや、そんなときもあります。それでも、日はまた昇る。また昇るからどうだっていいというわけじゃないですけど、時間は偉大な「お薬」です。多くのことは、時間が過ぎされることで影響が小さくなります(短期的には、放置しておくと影響が大きくなる問題はありますけどね)。

「時間をぎりぎりまで使え。そして、納得できてからそっと行動に移せ」、というのは僕が上司から貰った数少ない教えの1つです。難しい案件であればあるほど、焦って処理したくなるものです。そういうときこそ、自分がボールを持っている時間、ないし、持っていられる時間をできる限り長くして冷静に考えてみましょう。ボールが相手にある間は、そんなに余裕はないです。何が起こるか分からないですし、相手が何かをしてくるかもしれませんし。上司は偉いから、というのもありますが、通常、難しい案件は皆が手を出して、影響を最小にしようと努力します。努力の結果、事態が悪化することが多いです(笑)。そういうときには、今何が起きているのかを見極めて、相手の行動を把握してから自分の行動を始めた方がよい、というわけです。「やみくも」に動いてよいことはない、という経験からの教えですね。もちろん、損害が拡大しないように試みるのは当然ですが、処理の「一手」は、「タイミング」がモノを言いますからね。

失敗しても死ぬわけではない、というのも教わりました。日はまた昇るってことです。たいていのことは、どうでもよいことだと。真摯にお詫びしたり、代わりを探せば済む。そう思えないと、仕事はできないのだ、と教わりました。若いうちにたくさん失敗して、年を取ったら逆に若手の責任を取ってやるのだと。

何事も上手くいかないときこそ、チャンスかもしれないですよ。自分を変えられる。もちろん、簡単には変わりませんけどね。日はまた昇る。


(A photo taken in Aug. 2018, around Ikebukuro, Toshima-ku, Tokyo, JAPAN)


2018年8月13日月曜日

選択と集中のない世界に未来はないんじゃない?

学生のうちはなかなか気付きませんが、世の中のありとあらゆる「資源」(resources)は有限です。お金、時間、身体(体力)、人脈など、すべて限度があります。有限の世界では、選択と集中をせざるを得ない、ということです。

ゼミで言えば、すべてを兼ね備えるゼミを作り上げることはおよそ不可能です。ゼミを可能な限り楽に、楽しくすれば、その分だけ何かの重要な要素は必ず欠けます。たとえば、締め切りまでに必死に調べ物をして、グループのメンバーと何かを作り上げるような有意義な活動はできなくなります。逆に、厳しく、最先端の法律問題を延々議論するゼミにしたらどうでしょう。楽しい面もあるでしょうが、疲れるし、楽じゃないでしょう(笑)。きっと休みたくなります。最悪、勉強が嫌いになります。

僕のゼミは、ぜんぜん完璧じゃないです。ある意味で、法的なセンスを磨き上げて、それをメモやプレゼンの形で実務において使えるようになるためのゼミなのだ、と割り切っているから、何とか成立しています。前にも書きましたが、明らかに「ハイリスク・ハイリターン商品」です(笑)。リスク警告も、合理的な範囲で事前にしています。

僕自身が、普通の綺麗な経歴ではないし(笑)、どちらかというとかなり実務よりの研究者であることから、他のゼミとはかなり異質のはず。それは、僕の講義で十二分に明らかでしょう。

何でもできるのはよいことですが、それは正直、何も極めていないのと同じです。何でもできると思うなら、その中でどの能力をを特に伸ばすのか、逆にどこが相対的に弱くて、弱い部分をどうやって補うのか、そういう思考が必要だと思います。

ゼミも授業も、そして僕自身も、半期として同じものはありません。常にレビューにより、改善すべく変更が加えられています。そして、反省点の中からより集中的に改善すべき点に投資を行うわけです。失敗するかもしれませんが、それは不完全な「人」だから仕方ない。大事なのは、合理的な注意をしながら継続的な改革を続けることでしょう。

皆さんにも、前期で満足して欲しくはないです。まだまだ伸びるはずです。そのとき、忘れて欲しくないのは全部の面で素晴らしい人間にはなれないってこと。「選択と集中」がどうしても要ります。頑張りましょう。



(A photo taken at the Tokyo Midtown Hibiya, in Aug. 2018, in Chiyoda-ku, Tokyo, JAPAN)

2018年8月7日火曜日

文章で人物評価される?

「ペンは剣よりも強い」ってよく言われますけど、そこまで言わなくても、世の中に出たら「文章」ってとても大事です。どんなに良い文章も、嘘っぽく見えたり、きれい事を言ってるだけだと、それだけで信頼を失います。

一度も出会ったことのないヒトに、会って欲しい、お願いしたいって言う場面を想像してみましょう。ネット上に関連情報がなければ、会うか会わないかを判断する材料は、文章の内容と書き方、それだけです。どうしたら会って貰えるかとか、考えたことありますか?ナンパのように、数打てばいつかは当たるっていう世界ではないです(当たらないかもだけど(笑))。数を打てない場面はあります。どうしてもこの人に会ってお願いしなければならないとき、電話、メール、手紙、出待ち、仲介者に頼むなどなど、幾つかの手段がありますけど、どうしますか。電話、メール、手紙が一番使いやすいです。問題は、それらの手段をどう効果的に使うか、です。

今日はずっとレポートを読んでいましたが、やはり、相当の差が出てきています。自分にしか書けない文章を書いているヒトと、そうでないヒトがいるからです。ゼミでは、1回ごと、レポートのテーマになるくらい重たい問題を扱っています。そのまままとめるだけで、普通のレポートにはなります。問題は、どうやって何を書くかでしょう。ゼミでは、あくまで僕の想定した流れで議論が進められ、ほぼ想定どおりの回答が並びますよね。細かい点は違っても、大枠ではそれほど差が出ない。レポートでも同じことをするのか、それとも同じ内容でも違うテイストを組み込んでいくか。後者の方が評価は当然高くなる。

人は誰でも、一生懸命に用意された文章に心を打たれやすいです。本気で頑張ったかどうか、それは試験でもレポートでも、見れば分かりますから(笑)。とくに、すでにゼミで扱ったトピックの場合、よく分かります。差が出やすいです。一生懸命に書かれたレポートには、コメントを入れたくなりますよね。

プレゼンと簡易メモは連動しているってよく話しますけど、ゼミで扱った内容でレポートを書いてみると、その意味が分かるはずです。レポートになるくらいの内容を、2分のプレゼンで話し尽くすのは骨が折れます。どうやってやるのかといえば、簡易メモにまとめるときのように、大胆に、結論から思いっきり短くまとめるんですよ。本当に重要な本質だけ取り出して、わかりやすく話さないと、2分には収まらないからです。

ゼミでは、皆、同じことに取り組んではいますが、やり方次第で、おそらく相当の差が出てきます。よりよく課題に取り組んだ方がよいです。もちろん、自分なりにです。

文章って、皆さんが思っているより大事です。是非、少しでも上手く書けるように、自分なりの文章を書けるように努力してください。







2018年8月6日月曜日

破られない約束はない?

約束は破られる。もちろん、破りたくて結ぶ約束はないですけど、必要に応じてやむを得ない事情で破られる約束はたくさんあります。民法、契約法ではなかなか教わらないお話ですね。

民法や契約法を教えている先生方の中で、契約を破られる経験をしたことがある人は限られているでしょう。僕は、実は破られたことがあります。結構、ショックです(笑)。破られるかもな、と思って常にビジネスをしていても、やはり嫌なものです。

ビジネスじゃなくて生活の中でも、約束は日常茶飯事で破られます。嘘もつかれる。倫理的にはさておき、本音と建て前の世界では当然、なのかもしれません。

約束が破られるなら、事前に破られた場合を想定して、プランBやCを用意しておけばいいですが、言うは易し。そんなに簡単じゃないんです。破られない約束もありますから、毎回用意していたら、無駄ばかりになる。保険をたくさんかけすぎて、保険料の支払いのせいでお金がなかなか貯まらない、っていうのと同じ世界になります。また、用意すべき「プランB」や「プランC」は、無数にあります。無数の中から、場面に応じて最適な代替案を選べますかね。法学部にいると、現場感覚なしに代替案を用意すればいいんだ、って覚えて終わりになりがち。それでは、現場では使い物にならないです。

(たとえば、半沢直樹で「やられたらやり返す。百倍返しだ」ってありますけど、何をどうやって百倍返しにすれば、組織を守りながら、中長期的に見て自分にとって最高の結果を得られるのか、そういう思考が大事です。やり返して百倍返ししても、一度左遷されたら金融機関では終わりですよね。外に出れば別かもですが。)

倫理的に言えば、約束は守るべきです。走れメロスのように。
ただ、法的に言えば、破られない約束はない。

そう思って生活できたら、世界はぜんぜん違うモノに見えてきます。
破られない約束はない。だからこそ、守られる約束には価値があるのだと。


(A photo taken in Aug. 2018, at Senjōjiki Cirque, Komagane, Nagano, JAPAN)




2018年8月5日日曜日

2018年度のオープンキャンパス

2回分の模擬授業を終えました。

全力は尽くしましたけど、評価は神のみぞ知るって感じですかね。
いつものテイストで40分間、話し続けました。お題は内緒。この場
限りの話として、来ていただいた方々にだけ話しました。他では、
このネタは使わないと思います。

ご来場の方々には貴重な40分をいただき、本当にどうもありがとうございました。
心より厚くお礼申し上げます。

青学の法学部を、志望校の選択肢の1つに加えていただけたら幸いです。


2018年8月1日水曜日

本質のない答案ー暗記はその場でしか使えないんじゃないの?

2018年度前期の採点をすべて終えました。900枚くらいの答案を読んで感じるのは、大半の答案が試験対策プリントを暗記して書きだしているだけだ、ということです。悲しい気分です。もちろん、試験にパスするにはある程度の暗記は必須なので、仕方ないのですけど、他のヒトが作ったであろう「シケプリ(試験対策プリント)」を、その質の評価をまったくしないでそのまま暗記し、丸ごと書きだすことの虚しさに、早く気付いてほしいです。少なくとも、読んでいる方は悲しくなります。ああ、僕は講義でそんなこと言ってないし、教科書にそんなことホントに書いてたかって(笑)。

試験にはいろんな形式がありますけど、僕は、考えて書いてもらう問題と、覚えてきたものを書いてもらう問題の両方を用意しています。出席してないヒトは、考えてもらう問題には歯が立たないからです。

別に暗記してはいけないとか、そんなことを言うわけではないです。僕が伝えたいのは、本質を理解しないで、出題範囲を特定して、その部分に合わせて解答(案)を事前に作成し、それを書いているだけの答案が多いなっていうこと。会社法が一番、その傾向が強いですね(笑)。

暗記だけで試験対応していると、たぶん、就活などの答えを事前に知ることができない場面では、まったく役に立たないでしょう。本当に大事なのは、本質を見極めて、本質を理解した上で、自分なりの答案を書いてゆけるかどうか。本質は、言い換えれば、出題意図と言ってもいいです。なんで、こんな問題をわざわざ出すのかな、何を一番聞きたいのかな、そう思って出題範囲を聞いてほしいですし、勉強してほしいと思います。出題範囲には、必ず出題意図があるものです。

ちなみに、答案の書き方は意外と大事ですよ。
一応、論点にすべて触れていても、順序や流れで印象がだいぶ変わりますから。

後期も頑張ってください。


( A photo taken in July 2018, at the State Guest House, Akasaka Palace, Minato-ku, Tokyo, JAPAN)